犠牲
ふと、思う。私はいまなにをしているのだろうか。なんのためにしているのだろうか。
いま、過ごしている日常。
勉強、運動、仕事、なにもしていない。
なんでもいいが人々は同じようなサイクルで過ごしていると思う。
そこで24時間使っているのである。
ここで「挑戦」とは言い換えれば「犠牲」である。
新しいことにチャレンジしようとするのであれば、いままでの時間の中に組み込まなければいけない。ようするに、いままで過ごしていたどこかの時間を使うことになる。
だから私は挑戦は犠牲だと思う。
しかし、挑戦はすばらしいことだ。
自分のなかのなにかを変えるということである。なかなかできない。少しのことでもいいから変えていく感覚を身につけると、大きな変化にも慣れやすく、社会の変化にも適応できるのではないかと思う。